2020年コロナ禍での12月24日。結婚記念日であり、兄の命日であり、クリスマスイブでもあるという「日」

コロナ禍

12月24日は、世間一般的には世界中が「クリスマス・イブ」です。

私にとっては、結婚記念日であり実兄の命日でもあります。

以前は、自分の誕生日よりもクリスマスイブの日が大好きで、その言葉の響きだけでもドキドキワクワクしていました。

それが、今年はドキドキもワクワクもなく、なんでもない日常と変わらずに過ぎてしまいました。

自分の気持ちのもちようで、コロナ禍のせいにするのは違うのですが、この環境に少なからず影響を受けているのか?と考えてみました。

2020年12月24日のクリスマスイブ

12月24日は、私の大好きなクリスマス・イブのはずです。

それが今年は、クリスマスイブか…という程度に過ぎました。

コロナ禍でステイホームの習慣がつき、毎日が、しようと思えば家族だけのホームパーティーです。

あらためてイベントだから「美味しいもの」「楽しいこと」をしようとしなくても、自分たちの都合に合わせていつでも「美味しいもの」「楽しいこと」をしようとできる環境です。

お子様がいるご家庭にとっては、イベントがあったほうがメリハリがあって、イベントごとに合わせた楽しみ方ができるので、イベントを楽しむことは重要だと思います。

でも、一人でいることの楽しみが増えた私にとっては「イベントとか関係ないかなぁ…」という感じです。

自分のペースと気持ち次第で、限られた状況下(外出、外食や会食の自粛)その日に(家で)何を楽しむかチョイスできる環境があり、特別な日の価値が薄れたような気がします。

もちろん私だって、イベントがあったほうが楽しいですよ!

今日はクリスマスだから、ケーキを食べようとかシャンパンで乾杯しようとか、プレゼント交換しようとか、12月になったら部屋を装飾してクリスマスツリーを飾って…とか、いつもなら、ワクワクするクリスマス。

なんだか、今年は違ったかな…。

笑顔の少ない日常

現在、私の日常生活はというと、

平日は、たまに近所のスーパーで買い物をしますがほぼ会社と家の往復だけ、

お休みの日は、用事がない限りはステイホームでおうち時間を楽しんでいます。

例年だったら、仕事帰りやお休みの日に街へ買い物に出かけたり、外食を楽しんだりして、そこからクリスマスの雰囲気を感じ取ってワクワしていたことを思い出しました。

確かに、インターネットでイベントにあった買い物もできるし、イベントの新しい過ごし方みたいなのを情報として得ることができます。

でも何かが違う…。ネット上で見るだけでは、それ以外の雰囲気が分からないのです。実感しにくいのです。

クリスマスで装飾された街全体の雰囲気や、お店屋さんのすみっこでだれかに見つけられるのを待つトナカイのマスコット、そこにいれば自然と視野に入ってくる楽しそうな人々の表情やしぐさは、実際にその場でしか感じとることができません。

新しい生活スタイルなんだけど、人間ってやっぱり直接笑顔を確認しあわないと気持ちが荒んでいくなぁって、どんどん笑顔の下手なロボットになってしまうんじゃないかなぁって最近考えることがあります。

幼い頃に、10円のお菓子を買っても駄菓子屋さんのおばあちゃんがにっこり笑顔で「ありがとうね!」って言ってくれてたことはいくつになっても忘れることはありません。

今はインターネットで買い物をして、「お買い上げありがとうございました。」と機械的に表示されるだけで、そこに何も感じません。(というか、当たり前にでてくるので、見てもいないかも…。)

自分で言えば、確実に笑顔が減りました。

人との会話が減ったのはもちろん、話をしていてもマスクがあるので無駄に笑顔を作らなくても分からないだろうという気持ちになり、必要最低限の笑顔しかできなくなってきたように思います。

「笑顔が下手になったなー」「最近笑顔がひきつるようになったよなー」って感じることも多々あります。

これが「コロナ鬱」ってやつなのかしら…?

自分は、「コロナ禍でも辛いことなんて何にもない。むしろ、このステイホームを楽しんでいる。」と思っていたけど、実は少しずつ影響を受けていたのかなぁ…。

2020年12月24日の結婚記念日

12月24日は、結婚記念日でもあります。

結婚記念日は夫婦二人が揃って祝うものであり、一人で祝うことはまずないでしょう。

20年近くも夫婦をしてきて、特別な感じがなくなってきたのかな?とも思います。

結婚記念日だから、今日はどうしても夫婦揃ってお祝いしようという気力がだんだんなくなっているのは事実です。

結婚記念日というていで、食事をすることはいつでもできますからね。

その日でなくても全く問題はありませんし、必ずしも「記念日としてお祝いなんてしなくても」とも思います。

こう考えるのは明らかにコロナ禍のせいではなく、完全に夫婦の時の流れのマンネリ化です。

2020年12月24日の兄の命日

12月24日は、兄の4回目の命日でした。

事前に有給を取って前の日から実家に泊まり、当日の朝は、仏壇にお供えする御仏飯を作りました。

初めての御物販は、82歳の母に教えてもらいながら一緒に作りました。

朝の7時20分くらいにはお寺の住職が来て、お経を上げてくださいました。

私とは11歳年の離れた兄で、遠方に住んでいたため、生前はあまり話をする機会がありませんでしたし、兄妹らしいこともほとんどなかったと思います。

最近は、兄がいたらいろいろ聞きたいことがあったなぁと思うことが多くなり、兄妹っぽいことももっとしておけばよかったなぁとも考えるようになりました。

たまに、生きている夢も見ます。

兄の命日だけは、昨年以上に敬うことができました。

結婚記念日やクリスマスイブとは違い、命日はこの日でなければ意味がありませんからね。

2020年12月24日が過ぎて

コロナ禍によるいろいろな制限下で、私は無意識のうちいつの間にか本当に大切なことを選択しながら、最低限の行動範囲で過ごすようになっていたのでしょう。

そして、12月24日でなければ意味を持たない一番大切なことが「兄の命日」だったのです。

いつでもできることは後回しにし、今その日にしかできないことを選択したのです。

2020年12月24日は、今までにはないとても意味のある「日」を過ごしました。

兄は喜んでくれたかなぁ…。

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